| X 海外遠征の記録 |
・1967年9月〜1968年1月 部員磯部広勝 単独でランタンヒマール、エベレスト山群、 ガネッシュヒマール、ダウラギリヒマール等の幅広い範囲の踏査を行う。 1973年3月〜5月 ガネッシュ、ダウラギリ、 ランタン山群の予備調査を行うため踏査隊を派遣する。 隊長/石原武美(OB)、 隊員/小倉英郎(OB)・川口憲二・北原孝・福尾英一。 ・・・ ・1975年1月〜5月 ダウラギリX(7,618m) 岡山大学ネパールヒマラヤ学術登山隊に参加、 未踏峰で魔の山と知られていたダウラギリX峰(7618m)挑戦。 同年5月1日、隊員森岡政明(OB)と シェルパのペンバ=ツェリンの二人が初登頂に成功する。 登山隊長/楳木栄一(岡山大学教授)、 登攀隊長/定金司郎(OB)、医師/湯本泰弘(OB)、 隊員/石原謙・山崎源三郎・小倉英郎・青木重夫・功野勝・ 平塚広志・川口憲二・森岡政明(以上OB)・市川徳和・黒田治久・溝畑宏道。 岡山大学山岳会”ダウラギリX 1975”報告書ダイジェスト版 ・1979年8月〜10月 ラプサン・カルポ(7,150m) 岡山大学山岳会ネパール合同登山隊として 未踏峰ラプサン・カルポ(ガネッシュ・ヒマールU峰7150m)に遠征。 1979年10月19日、小倉英郎(OB)、ペンバ=チェリン(ネパール隊員)が 初登頂に成功、第二次アタック隊で江口真二(OB)、 前田光康、ミンマ=テンジン(ネパール隊員)、 第三次アタック隊で北原孝(OB)、横尾信も登頂に成功する。 登山隊長/大森武生、 登攀隊長/小倉英郎、 隊員/北原孝・黒田治久・江口真二(以上OB)・ 前田光康・横尾信・ペンバ=チェリン・ミンマ=テンジン(ネパール隊員)。 ・1986年8月〜10月 トリプラ・ヒウンチュリ(6,553m) 岡山大学山岳会ネパール・ヒマラヤ遠征隊として 未踏峰のトリプラ・ヒウンチュリ(6553m)に遠征。 1986年10月17日、畑典之、時本堅、アン=プーリ=ラマ(シェルパ)が初登頂に成功する。 登山隊長/田中源三郎(OB)、 登攀隊長/畑典之(OB)、 隊員/時本堅・小早川俊祐(以上OB)・山崎裕晶。 ・1990年4月〜7月 ガッシャーブルムT峰(8,068m) 岡山大学山岳会カラコルム遠征隊として ガッシャーブルムT峰(パキスタン・カラコルム山域・8068m)に遠征。 約5kmにわたる長大なる稜線である西稜よりの登攀に挑戦して、 1990年7月16日、片山貴寛(OB)、山根智弘、 ハイポーターのラジャーブ=シャーが登頂に成功する。 総隊長/武田昌策(OB)、 登山隊長/黒田治久(OB)、 医師/渡辺泰彦(OB)、 隊員/石原謙・片山貴寛・財津智英・東善弘・田尻英彦・ 山崎裕晶・坂元賢次(以上OB)・中川広幸・山根智之・佐藤倫由(山岳会以外から参加)。 ・2002年8月〜10月 ダウラギリT峰(8,167m) 岡山大学山岳会ダウラギリT峰(8167m)遠征隊を組織して、 ダウラギリT峰北東稜の無酸素アルパインスタイルによる登頂を計画するが、 ネパール国内の政情不安のため中止。 <<HOME |