| <<HOME 岡山大学山岳会 「大山・村上祭」報告
事務局・大森武生、上野哲男 会員・諸兄 お元気でお過ごしのことと拝察します。 さて、19年度、「大山・村上祭」を過日実施致しました。 その報告をさせて頂きます。 期日: 平成19年8月24日(金)、25日(土)、26日(日) 参加者: 河合、武田、中務、徳田、定金、川西、那須、香川、森岡、上野、 大森、以上11名。 なお岡田氏(29医、東京)から、お供えと多額の寄付金が寄せられました。 概 要: 8月24日(金)卒業後2年間現役の面倒を見てくれ、 現在郷里へ帰って、司法書士資格試験を挑戦中の 上野君(H15、法学、石川県加賀市)が試験が終了し、 発表を待つだけとはるばる石川県加賀市から参加してくれた。 (9月26日筆記試験合格しました。) 香川山岳部顧問、上野、大森3人で、 準備も方も含めて1日前から出発する。 蒜山でハーブ園でゆっくりし、 町営のそば屋で昼食を頂き大山へ向かった。 天気は快晴、前日雨があったとかで、 緑が目にしみるようです。 蒜山−大山道路を快適に上る。 途中、大山展望台で休憩、烏が山、大山南壁が見事であった。 大山到着は2時過ぎ、上杉旅館で ヒュッテのカギをもらい大量の食料などを ヒュッテに荷揚げする、 高齢者には結構しんどい作業です。 ヒュッテはこの夏我々が初めてとのことであったが、 この夏晴天続きのため、 室内にカビもなく快適なものだった。 ただ上杉旅館の駐車場がヒュッテまでの道は 通る人もなく、草刈りに1時間以上かかった。 ![]() −石造りのヒュッテは、50年を経過しても堂々とブナ林の中に建っている− 8月25日(土) 今日の午後が参加者の集合日。 香川、上野は宝珠尾根からユートピア方面散策 (この項目については上野の報告を読んでください)。 大森は午前中大山寺散策、 午後ヒユッテの掃除、今晩の宴会の準備。 10時頃定金氏到着、 上野達を追いかけて三鉾峰方面散策。 2時頃には、武田、川西到着、 その後森岡、河合、徳田、 那須親子が到着して、参加予定者が揃う。 徳田会長の挨拶と乾杯の音頭で宴会が始まる。 現役山岳部は2名とも不参加、 今後山岳部が存続して行くか、 香川山岳部顧問を中心に議論されるが妙案無し。 これだけのメンバーが集まると 創部時代の山登りから、 先鋭的、厳冬期奥大日岳尾根登攀、 積雪期「剱岳北方稜線−黒部川−槍ガ岳縦走、 それから海外遠征と話は弾む。 ![]() 思い出の次は−山の歌です− この夏の「村上祭」のみ歌われる歌 「村上安之氏 追悼歌」です。 この歌は、作詞神田利男(30法文)、 6高の寮歌の旋律に乗せた物だそうです。 現在では空で歌えるのは、神田、中務氏ぐらいのものです。 この機会に歌える人を伝承しておく必要があろう。 思い出を語り、山の歌を歌い、 飲みかつ食べて夜は更けていった。 ヒュッテに泊まる者、上杉旅館に泊まる者、そぞろに解散した。 8月26日(日) 昨晩上杉旅館宿泊の河合氏が夜中、急性腎盂炎が発症し、 幸い泌尿器科の専門医森岡氏の手配で、 国立米子病院で緊急処置で事なきを得る。 午前5時大山登頂組が頂上に向け出発、 昨晩、急性腎盂炎を発症した河合氏も 元気に出発したのには驚かされた。 今日は大山で「夏祭りイベント」があり 多くの登山者が登っている。 高齢者?組は、9時頃から大山寺付近を散策。 「夏祭りイベント」の行事「僧兵太鼓」の演奏を楽しんだ。 石川県からの上野君は、今日の行事に参加することなく帰ってもらう。 11時頃下山してヒュッテで昼食。 最後の掃除、片付け中、 1階の畳が波打っているため、畳を上げてみた。 座板が腐ってボロボロ、大至急補修の必要があるようです。 香川顧問に大学当局との交渉をお願いし、 万一にはこの秋山岳会で補修することを確認した。 ![]() 12時、上杉旅館の老夫妻に送られて 2の沢・村上安之氏祈念碑に向けて出発。 前々日墓掃除が出来ているので 徳田会長の読経で全員線香を手向けお参りした。 参列者の写真撮影をし、 岡山大学山岳部・部歌を大声で歌って散会した。 ![]() なお、岡田氏の希望により、 河合、武田、神田、中務の4名が、 9月24日福山の村上家のお墓をお参りしました。 ![]() 初めての大山縦走 登山者:香川弘昭、上野哲男 報告者:上野哲男 8月25日(土) 大山に一日早く入った香川先生、上野の2名で 剣が峰から弥山までの縦走をしました。 途中登山道の崩落により、危険な箇所がありましたが、 風がなく、天気もよかったため、無事縦走することができました。 以下簡単な登山報告をします。 午前8時ごろ大山ヒュッテ出発、宝珠尾根を登る。 登山者数名と出会うが、静かな登山を楽しみました。 大山北壁の大屏風岩を眺めながら、 大森先輩の屏風岩登はんの話を思い返しました。 “ロープで体を固定してのビバーグ、 そこから見るイカ釣り漁船の明かりがきれいだったことなど” 当時と現在の屏風岩は鳥取沖地震の崩落のため、 大きく違うとは思いましたが、 登っているときの様子を想像して、 大屏風岩を眺めました。 ![]() ![]() ユートピア小屋には昼前に到着し、休憩。 まずは剣が峰までということで、登山を開始。 振り子沢を左手に見ながら、快適な登山でしたが、 内心、僕は、行けても剣が峰までで、 そこから引返そうと思っていました。 しかし、剣が峰に到着してしまえば、先は弥山までです。 途中にらくだの背といわれる崩落箇所を過ぎれば、 縦走できるかもしれないということで もう少し先までいってみることにしました。 らくだの背には一応、ロープが10mほど ありましたが、 できるだけ体重をロープにかけないようにして、 バランスをとりながら、通過しました。 この箇所を通過するまでは、 体の疲れも忘れるぐらい集中していました。 弥山に着いたのは2時ごろだったとおもいます。 香川先生と握手、記念撮影をすまして、 足早に夏山登山道を下山しました。 6合目非難小屋を少し下ったところから、 元谷へ下り大山ヒュッテに戻ったのは 4時ごろになりました。 今回の登山は香川先生との初めての登山で、 僕は司法書士試験の勉強で (9月26日筆記試験合格しました。) ほぼ1年ぶりの登山でバテてしまい、 香川先生の健脚には脱帽しました。 現在の山岳部の衰退をどうすることもできず 岡山を離れ2年がたちますが、 OB先輩の方々には暖かく接していただき、 ありがとうございます。 <<HOME |